Behind the Sense 茅原拓朗 x wowlab

補完する脳

wowlab
では今聞いている声も、無意識のうちに左右の時間差が常に計算されているということですね。それにしても百万分の一秒の単位というのはすごい。

茅原
音は映像と違ってすぐ消えちゃいますから、それに対応するために全体として処理は視覚より高速です。面白いことに皮質に入るまえの前処理部分も視覚より充実しているんです。専用のオンラインDSPが並んでいるイメージですが、先ほどの上オリーブ複合体もその一つです。

さらに、音の高さや位置を計算するまえに、やはり聴覚も、1次元の波形から未知の音源を切り出すという「解けない問題」を解かなくてはなりません。聴覚の場合は視覚よりも次元が少ないですから問題はさらにやっかいです。

そのような問題を解くときに聴覚がとっている作戦を示す面白い現象があります。「ピー」という音(正弦波)の一部を10分の1秒くらい、一瞬だけ「ザッ」という別の音(ノイズ)に置き換えます。その配置通りだと、「ピー、ザッ、ピー」と聞こえなければならないんですが、実際は、「ピー」という音が「ザッ」というノイズが鳴っているときにも聞こえます。ノイズの背後でずっと「ピー」が鳴り続けるんです。音声のようなもっと複雑な音の一部が「ザッ」で置き換えられても同じようなことが起こることも分かっています。

wowlab
実際は聞こえていないけど、聞こえていると見なすということですよね。ということは、音をそのまま聞いているというよりも、常に予測しながら聞いているということなんですか?

 

茅原
まさにその通りです。でも時間をさかのぼっても起きる現象なので、「補完」と呼んだ方がいいかもしれません。このような「補完」的な処理は、時間次元に限らず、空間でも他の次元でも、脳のあらゆるところでたくさん行われています。

wowlab
脳の話を聞いていると、補完という言葉がたくさん出てきますね。意外と適当に処理しているということなんでしょうか?

茅原
補完だらけですし、線形性という観点で見ればむちゃくちゃ適当だと思います。「脳はすごい」というのが一般のイメージですが、量的にみれば実はそんなにたいした機械じゃなくて、だから少ない処理資源をいかにうまく運用していくか、ということが常に課題なんですね。そういった意味では、常にサボろうとしているとも言えますし、先ほどのグラデーションがどうしても立体的に見えてしまうように、レッテル貼りしてすませてしまうような、保守的で頑固で偏見に満ちた一面も持っていると思います。

wowlab
いつも気になるのですが、例えば今この瞬間の手の位置とか、足の位置って意識していませんよね。無意識に体を動かしている。私たちは無意識に囲まれているっていうことなんでしょうか。

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