茅原
実は人間には、速度センサーが備わっていないんです。耳の奥に加速度センサーはついているのですが、速度そのものを感じるセンサーがない。だから速度の変化は知ることが出来ても、同じ速度で移動していることは直接は知ることが出来ない。
wowlab
え、そうなんですか? それが電車の移動の錯覚に関係している?
茅原
はい。速度そのものをセンスすることができないかわりに、実は、人間は移動していることを「目」で判断しているんです。電車にのっているときに窓から外に目をやると、風景がどんどん流れていきますね。あの一定方向の映像の流れはオプティカルフロー(光流動)と呼ばれるのですが、このオプティカルフローを手がかり情報として、私たちは私たちがどのくらいの速度でどちらに移動しているかを判断しているんです。だから、隣の電車が動いているのを見たとき、自分が移動しているように感じてしまうのですね。
面白いのは、映像の中で動いている部分は通常、対象の動きを示していますから、オプティカルフローによって「世界が動いている」とも判断できるはずなのですが、多くの場合そのようには判断されずに、自分の動きとして知覚されることです。実は映像の中には、世界についての情報だけじゃなく、自分についての情報も含まれているのです。
wowlab
ということは一種の画像解析によって、移動していることを判断するということですね。面白いですね。コンピューターグラフィックスの技術で「マッチムーブ」というものがあります。これは撮影した映像を解析して、カメラの移動量や空間の立体データを計算するものなのですが、同じようなことが脳内で起こっていると。
茅原
そうですね。画像解析という点で同じだと思います。しかも単なる錯覚としてかたづけられないことは、そのような感覚が生じるだけではなくて、体全体が一種の「移動モード」になることからも分かります。オプティカルフローを知覚すると、私たちは身体の重心を調整して、移動に対して身構えるんです。ですから、視野の大部分を覆えるような大きなスクリーンや没入型のVR空間でオプティカルフローを見せると、まだ身体制御が完成されていない子どもなどでは、パタンと倒れてしまうことさえあります。頭では映像だということが分かっていても、脳にとってオプティカルフローは移動を示しているので、無意識レベルの制御で体が反応してしまうんですね。
wowlab
ええー。面白い。でもちょっと危ない実験ですね!
茅原
パタンと倒すにはどういう映像が効果的かも分かっていますよ。ウフフ・・まあそれは応用というか、副産物に過ぎませんが(笑)、このように、知覚心理学では私たちの誰もが体験している知覚体験を現象として観察や実験をおこなって、人間がどのような方法で世界を捉え、また、どのように世界に対して働きかけているかを調べています。